宇宙にまつわる神話 ~メソポタミア編~

最古の文明発祥の地である、メソポタミアの神話を紹介します。

シュメール人により都市文明が生まれ、その後、セム語系の民族による国が成立しました。

国や民族は変わっても、受け継がれた神話は共通のものです。

チグリス川とユーフラテス川の流域で、農耕をして暮らした人々の思想が見て取れます。

目次

1. メソポタミア神話の成り立ち

2. メソポタミアの創世神話

  2-1. 世界の始まり

  2-2. 地の支配者エンリル

  2-3. 原初神を倒したエア(エンキ)の一族

1. メソポタミア神話の成り立ち

メソポタミアとは、チグリス川とユーフラテス川に挟まれた、世界最古の文明発祥地のことを指します。

チグリス川とユーフラテス川は、東トルコを源流とし、現在のシリア・イラクを流れます。

2つの大河は下流で合流し、シャットゥルアラブ川(アルヴァンド川)となってペルシャ湾に到達します。

この地域のすぐ北側(シリアとトルコの国境地帯)には、紀元前1万年~紀元前8000年頃に作られたとされる古代遺跡ギョベクリ・テペがあり、古くから人間が住んでいた地域です。

メソポタミアに、最初に都市文明を築いたのは、シュメール語を話すシュメール人でした。

紀元前3500年頃のことです。

楔形文字を発明したのも、シュメール人です。

紀元前2000年紀に入ると、シュメールはメソポタミア南部、チグリス川・ユーフラテス川の下流域に残るのみとなり、すぐ近くにセム語系のアッカド語を話すアッカド人の王朝が誕生します。

その後、シュメールとアッカドを吸収合併する形で生まれた王国がバビロニアです。

一方、メソポタミア北部には、同じくセム語系のアッシリアが強大な帝国を築きました。

メソポタミアの神話は、シュメールの神話を起源としています。

それぞれ神の呼び名が異なったり、どの神を国の主神とするかによってストーリーが加わったりしています。

しかし基本的には、同じ文化圏で起こった、同一の神話と見ることができます。

2. メソポタミアの創世神話

2-1. 世界の始まり

原初の世界には、3柱の神しかいませんでした。

淡水の神アプスー(男神)、海水の神ティアマト(女神)、霧の神ムンム(男神)です。

アプスーとティアマトは結婚し、淡水と海水が混じり合った混沌から、新たな神々が誕生しました。

まずラハムとラフムが生まれ、続いてアンシャルとキシャルが生まれました。

アンシャルとキシャルが夫婦となり、天空の神アヌが生まれました。

アヌはメソポタミアの初期(紀元前3000年頃まで)における最高神で、「神々の父」と呼ばれ、多くの神々を生みました。

アヌの子どもたちの中に、エンリルとエア(エンキ)がいます。

2-2. 地の支配者エンリル

エンリルは、シュメールとアッカドの最高神です。

エンリルとは「嵐の王」という意味で、世界が天・地・冥界に分かれた際に、地の支配者となりました。

妻のニンリルとの間に、天候の神アダド、冥界の神ネルガル、農耕の神ニヌルタ、月の神シン(ナンナ)という息子たちがいます。

このうち、月の神シン(ナンナ)は三日月で表されます。

女神ニッカル(ニンガル)と結婚し、太陽の神シャマシュ(ウトゥ)と金星の女神イシュタル(イナンナ)が生まれました。

太陽の神シャマシュ(ウトゥ)については、性別が途中で変わった神です。

セム語系において太陽は女神であり、アッカド語の『シャマシュ』は女神でした。

一方、シュメール語の『ウトゥ』は男神であり、両者が同一視された際に男神に変化したと考えられています。

地上の全てを見下ろし、正義と裁判を司る神です。

金星の女神イシュタル(イナンナ)は、愛と戦闘を司る神です。

お供として獅子を連れており、獅子のシンボルは星状の円盤で表されます。

イシュタル(イナンナ)にはドゥムジという恋人がいました。

あるとき、イシュタル(イナンナ)は冥界を支配しようとして捕らわれ、身代わりにドゥムジを差し出してしまいました。

彼女は後悔しましたが、結局、ドゥムジとその姉が半年ずつ交代して冥界で暮らすことになりました。

ドゥムジは植物の神であり、植物が枯れる夏季に冥界へ下るとされています。

エンリルの一族は、農耕と関係する役割を持っていると思われます。

月の父から太陽と金星が生まれる話は不思議な感じがしますが、おそらく、メソポタミアが太陰暦を使用したことと関係しているのでしょう。

2-3. 原初神を倒したエア(エンキ)の一族

エア(エンキ)は創造と知恵の神です。

エア(エンキ)の一族にまつわる物語は、紀元前16世紀頃に制作されたバビロニアの叙事詩『エヌマ・エリシュ』に描かれています。

『エヌマ・エリシュ』は、エア(エンキ)の息子マルドゥクが、バビロニアにおける神々の最高位にあることを明らかにするために制作されました。

アプスーとティアマトが神々を生み出してから時が流れ、彼らの子孫である若い神々が世界にあふれました。

若い神々はやかましく騒いだため、それを嫌ったアプスーは、彼らを抹殺しようと企てました。

子孫を害することにティアマトは反対しましたが、アプスーを止めることはできませんでした。

しかし、アプスーの企てが実行に移される前に、企てに気づいたエア(エンキ)によってアプスーは罠に嵌められ、討ち取られました。

エア(エンキ)はアプスーの遺骸を埋め、その上に家を建てて支配しました。

そしてその家で、妻のダムキナとの間に息子マルドゥクを生み、育てました。

アプスーの力が宿る家で育ったマルドゥクは、神々の中で最も聡明な存在になりました。

一方、夫を失ったティアマトは復讐に燃え、11の魔物を作り出し、勇者キングーに指揮権を与えて機会を待ちました。

報復を恐れたエア(エンキ)は怖気づき、マルドゥクにティアマトと戦うように頼みました。

マルドゥクとティアマトの戦いは、マルドゥクの勝利で終わりました。

マルドゥクはティアマトの身体を2つに裂き、天と地を創造しました。

ティアマトの両目からは、チグリス川とユーフラテス川が流れ出しました。

さらに、勇者キングーの血からは、人間が作られました。

こうして、マルドゥクが天地の秩序をもたらし、神々の王となったのです。

バビロン第1王朝のハムラビ王が、バビロニアを統一する際に、当時は無名だったマルドゥクに高い神格を付与しました。

このことは、『ハムラビ法典』の前文に記載されています。

なぜ、全ての神々の母である、原初の神ティアマトが倒される物語になったのでしょうか。

これには、メソポタミアがチグリス川・ユーフラテス川の洪水に脅かされた文明であったことと関わりがありそうです。

エジプトのナイル川が、洪水のたびに肥沃な土を運んでくる恵みの大河であるのに対し、チグリス川・ユーフラテス川は人々にとって脅威となる大河でした。

原初の神ティアマトを倒す行為は、チグリス川・ユーフラテス川を治水でもって制した物語であると思われます。