ビッグバンの名残ともいえる、宇宙背景放射という現象があります。
宇宙背景放射ははるか遠くから届いた光であり、宇宙の若い頃の姿を伝えてくれます。
そして宇宙背景放射により、私たちの暮らす宇宙の幾何学的な性質が明らかになりました。
目次
1. 宇宙背景放射とは何か
宇宙はおよそ137億年前に生まれたことがわかっています。
宇宙背景放射とは、空の全方向から降り注いでくるマイクロ波のことで、ビッグバンの証拠とされる現象です。
宇宙は四次元であり、遠くを見るほどに過去の姿を見ることができます。
これは、光の進む速さが有限の値だからです。
宇宙は137億歳ですから、地球から距離にして137億光年より向こうにあるものを、私たちは見ることができません。
さらに詳しく言うと、ビッグバン自体を見ることは不可能です。
ビッグバン直後の初期宇宙は、非常に高温の状態でした。
この状態では、生まれたばかりの陽子や電子がバラバラの、プラズマ状態となっていました。
光は陽子や電子に捕まってしまい、プラズマ状態を通り抜けることができません。
ビッグバンから約30万年が経って、宇宙は絶対温度3000K(ケルビン)ほどに冷え、陽子と電子が結合して水素原子になりました。
(※絶対温度は、原子の熱振動がほぼ停止する、-273℃を0Kとする温度表記です。
普段使っている温度表記は、セルシウス度(摂氏)と呼ばれます。
絶対温度[K] = セルシウス度[℃] + 273℃です。)
宇宙はプラズマ状態を脱し、光がまっすぐに進める状態になりました。
この状態を「宇宙の晴れ上がり」といいます。
宇宙の晴れ上がりが、私たちが見ることのできる最も遠い(そして最も古い)宇宙です。
これは、私たちにビッグバンを直接見せない壁のようなものです。
この壁を、「最終散乱面」と呼びます。
宇宙背景放射は、最終散乱面から出て、あらゆる方向から地球へとやってきます。
宇宙が生まれて30万年後という、はるか昔に発した光であり、ビッグバンの名残ともいえる光です。
宇宙の膨張によって、最終散乱面を出た光は波長が引き伸ばされ、結果的に温度が低下していきます。
現在では、絶対温度3K(-270℃)にまで冷えています。
2. 平坦な宇宙という概念
宇宙背景放射は、ビッグバンの証拠という以外に重要な役割を果たしました。
それは、「この宇宙が幾何学的にどんな宇宙か」という疑問に答えを出したことです。
考えられる宇宙は3通りありました。
開いた宇宙、閉じた宇宙、そして平坦な宇宙です。
このうち最も理解しやすいのは、平坦な宇宙です。
平坦とは「曲率が0」で、三角形の内角の和が180°になる世界です。
(※曲率とは、曲線や曲面がどれだけ曲がっているかを示す値です。)
このような宇宙では、三次元空間でx軸、y軸、z軸がどこにいても同じ方向を指し、光はどこまでも直進します。
たとえば2本の平行な直線があった場合、平坦な宇宙では、2本の直線はどこまで行っても平行です。
それに対して、開いた宇宙と閉じた宇宙では空間が曲がります。
2本の平行な直線は、あるところでは離れていったり近づいたりします。
空間自体が曲がっているため、それに沿って光も曲げられるのです。
閉じた宇宙とは「曲率が正」で、三角形の内角の和が180°より大きくなる世界のことです。
二次元的には球面で示されます。
光が球の表面に沿って曲がるイメージで、はるか遠くを見ると自分の後頭部が見えるような世界です。
開いた宇宙とは「曲率が負」で、三角形の内角の和は180°より小さくなります。
二次元的には、馬の背に乗せる鞍の形で表され、果ての無い空間です。
宇宙が幾何学的にどのタイプなのかは、宇宙の今後を知るために重要な概念です。
もし、閉じた宇宙であるならば、ある時点で膨張から収縮に転じます。
そしてビッグバンへと巻き戻るようなプロセスをたどり、ある1点へと収縮して終わりを迎えます。
1点へと収縮する現象を、ビッグクランチといいます。
もし、開いた宇宙であるならば、永遠に膨張が続きます。
平坦な宇宙は、そのちょうど中間に当たり、少しずつ膨張は減速していきますが、完全に止まることはありません。
ここで宇宙背景放射に戻りましょう。
最終散乱面は、ビッグバンから約30万年後の宇宙です。
すなわち、最終散乱面から出てくる宇宙背景放射を地図化すると、宇宙が30万歳だったときの姿が見えるのです。
この頃は、物質が生まれて、やがて星や銀河が作られていく始まりの状態です。
最終散乱面上にある30万光年より小さな物質の塊は、自分の重力によって収縮し、寄り集まろうとし始めています。
ところが、30万年光年より大きな塊は、まだ収縮を始めていません。
重力もまた、光と同じ速度でしか伝わらないからです。
大きな塊は、自身が塊であることも、重力が生じることも『まだ知らない』ため、収縮しないのです。
宇宙背景放射の分布を地図にしたとき、こういった物質やエネルギーの塊がまだら模様となって現れます。
上記の理由によって、まだら模様が30万光年より大きなサイズになることはありません。
図1. 最終散乱面のイメージ図
ただし、最終散乱面上での30万光年がどのくらいの長さになるかは、宇宙の幾何学的な性質にかかっています。
開いた宇宙や閉じた宇宙では、空間が曲がることを思い出してください。
それぞれの宇宙で、30万光年の長さがどのように見えるかを図2(a)~(c)に示します。
図中の、30万光年を底辺、地球を頂点とした三角形に注目してください。
平坦な宇宙では三角形の内角の和が180°であるのに対し、開いた宇宙では180°より小さく、閉じた宇宙では180°より大きくなっています。
(a) 開いた宇宙(曲率が負)
(b) 平坦な宇宙(曲率が0)
(c) 閉じた宇宙(曲率が正)
図2. 30万光年の長さの比較
地球にいる私たちから見た角度が、それぞれの宇宙で異なることがわかります。
開いた宇宙における30万光年の距離は、実際より小さく見え、宇宙背景放射のまだら模様は小さくなります。
閉じた宇宙ではその反対の結果となり、まだら模様は大きくなります。
1997年、南極で宇宙背景放射のまだら模様を観測する実験が行われました。
ブーメラン実験と呼ばれ、気球を空高く飛ばして、空を360°観測するものでした。
この実験で観測されたまだら模様の大きさは、平坦な宇宙のシュミレーション結果と一致しました。
こうして、私たちが生きるこの宇宙は、平坦な宇宙であることが証明されました。
3. まとめ
宇宙背景放射は、いつでも、あらゆる方向から降り注いでいます。
普段は意識することがありませんが、宇宙の始まりについての情報を与えてくれる、重要な放射です。
宇宙が平坦であるとわかったことで、宇宙はこれからも膨張を続けるだろうと予測できます。
曲率がわずかに0からずれている可能性もありますが、ビッグクランチに至る可能性は低そうです。