2018年7月12日、京都大学・東京大学・東京工業大学の共同研究により、「マヨラナ粒子」という幻の粒子発見のニュースがありました。
マヨラナ粒子は、1937年にイタリアの物理学者エットレ・マヨラナによって存在が予言されました。
新聞記事では、マヨラナ粒子は粒子と反粒子両方の性質を併せ持つ、と紹介されていましたが、これは正確ではありません。
マヨナラ粒子はフェルミ粒子の1種であり、「フェルミ粒子のうち、電気的に中性で、粒子と反粒子の区別がつかない粒子」のことを指します。
目次
1. 粒子・反粒子とは何か?
1-1. ディラックが見つけた反粒子の概念
1928年、イギリスの理論物理学者ポール・ディラックが、電子のふるまいを記述する「ディラック方程式」を導き出しました。
ところが、その方程式には、電子と正反対の正の電荷をもつ新粒子の存在が示されていました。
数年後、電荷の符号が逆であること以外は、電子と全く同じ性質をもつ新粒子が発見され、「陽電子」と名付けられました。
この陽電子こそ、電子の反粒子です。
その後、電子だけでなく、他の粒子にもそれぞれ反粒子が存在することがわかりました。
ここで、フェルミ粒子について説明します。
ディラック方程式で記述された電子も、フェルミ粒子に該当します。
すなわち、ディラック方程式はフェルミ粒子のふるまいを示していたのです。
フェルミ粒子には、電子、陽子、中性子、ミュー粒子、ニュートリノなどがあります。
陽子や中性子の中に存在する、さらに小さな単位であるクォークも、フェルミ粒子に該当します。
この世界の物質の大部分を構成しているのが、フェルミ粒子であるといえます。
フェルミ粒子のうち、ディラックの理論に従うものがディラック粒子です。
粒子の基本的な特性(質量、スピン)や寿命が同じで、ある物理量の符号だけが逆である反粒子をもちます。
これに対し、マヨラナ粒子は正負の属性が中性であるため、粒子と反粒子の区別がつきません。
フェルミ粒子のほとんどはディラック粒子です。
マヨラナ粒子である可能性があるのは、ニュートリノです。
また、超伝導体の中の電子が、マヨラナ粒子のようにふるまうことがあるとされています。
1-2. 反粒子は時間をさかのぼる?
『陽電子は、時間をさかのぼる電子である。』
通常、物体の動く速さは、光速を超えることができません。
しかし、粒子のふるまいを考える量子力学の世界では、ハイゼンベルグの不確定性原理というものがあります。
粒子の「位置」と「速度」という2つの物理量があるとき、両方を正確に測定することはできないという制約です。
たとえば、電子の位置を正確に測定したとすると、そのときの電子の速度はわからなくなってしまいます。
この不確定性により、高い精度で粒子の物理量を測定できないような、ほんの短い時間の中であるならば、粒子は光速を超えて動くことが許されます。
アインシュタインによると、光速を超えた粒子は、我々から見ると時間をさかのぼっているように見えるといいます。
不思議な話ですが、これが反粒子の正体です。
図1は、ある時間と空間における電子\(e-\)の動きを示しています。
図1(a)では、電子\(e-\)が時間に順行して動いています。
しかし観測者によっては、この電子は図1(b)のように見えます。
数学的には、負の電荷をもつ粒子が時間を逆行することは、正の電荷をもつ粒子が時間を順行することに等しくなります。
すなわち、図中に赤矢印で示したように、時間を順行する陽電子\(e+\)が出現するのです。
図1.(a) 時間に順行する電子
図1.(b) 時間に逆行する電子(陽電子の出現)
1-3. 現れては消える仮想粒子の世界
粒子と反粒子は、互いに打ち消し合って消滅します。
ここで、発生してはすぐに消える、電子-陽電子のペアを想定します。
このような粒子を、仮想粒子と呼びます。
図1(b)に仮想粒子の概念を適用すると、図2のように考えることができます。
図2. 3個の粒子が存在したと考える
1個の電子が空間を進み、ある点で突然、電子-陽電子ペアが生成します。
その後、陽電子は電子と打ち消し合って消滅し、1個の電子が空間を進んでいきます。
始めと終わりは1個の電子ですが、途中に3個の粒子が存在していたといえます。
次に、水素原子について考えてみます。
図3(a)が、一般的に示される水素原子の模式図です。
中心に正の電荷をもつ陽子が1個、その周りに負の電荷をもつ電子が1個存在します。
ここに、図3(b)のように仮想粒子(電子-陽電子ペア)が出現します。
このペアはごく短い時間で消滅しますが、水素原子の電荷分布は、陽子1個、電子1個の状態とは異なることになります。
図3.(a) 水素原子の模式図
図3.(b) 仮想粒子の出現
なぜ仮想粒子を考えないといけないのでしょうか。
それは、ディラック方程式で導かれる答えと、現実の観測結果との差異を無くすためには、仮想粒子の存在を取り込まないといけなかったからです。
仮想粒子の影響を考慮すると、ディラック方程式は非常に高い精度で、観測結果を予測することができます。
また、仮想粒子は物質に質量を与える役割を担っています。
たとえば陽子の中には、クォークと呼ばれる最小単位の素粒子が3個存在します。
さらに陽子の内部では、クォーク同士を結びつける場の中で、仮想粒子がいくつも生まれたり消えたりしています。
陽子の質量を調べてみると、陽子自体の質量はほんの一部であり、大部分の質量が仮想粒子の生まれる場から与えられたものです。